残念ながらもうこれから先スタンリー・キューブリック監督(1928年7月26日 ~ 1999年3月7日)の新作映画を観ることは出来ない。
スタンリー・キューブリックは、写真雑誌のカメラマンとしてスタートしている。
自信のフォトエッセイを素に作った、短編ドキュメンタリー映画「拳闘試合の日々」が映画制作に関わるキッカケとなるが、特別注目されたわけではない。
スタンリー・キューブリックが注目されたのは、1957年の「突撃」でキャスティングされたカーク・ダグラスとの出会いがキッカケとなる。
と言うのもアンソニー・マン監督でクランクインした「スパルタカス」だったが、アンソニー・マン監督が途中で降板したために、主演でありながらプロデューサーのカーク・ダグラスが、スタンリー・キューブリックを急遽呼び寄せ監督させたのは、「突撃」での出会いがあったからだった。
「スパルタカス」は、ヒットしスタンリー・キューブリックは、監督としての地位を確かなものにした。
しかし、スタンリー・キューブリックは、最後まで「スパルタカス」を自分の作品と認めなかった。
ハリウッドでは、映画はプロデューサーのもので最終的な編集権限は、プロデューサーにあると言うのが通常。
完璧主義で有名なスタンリー・キューブリックは、このようなハリウッドスタイルの映画制作になじめなかったようだ。
これに懲りたスタンリー・キューブリックは、ハリウッドと決別しイギリスに渡り、制作から脚本まで自分でコントロールするようになる。
彼は異常なまで自分の映画作品をコントロールした。
例えば、ポスターのデザインは、海外のものまで総て彼がチェックしていた。
字幕に関しても、各国語に翻訳されたものを、もう一度英訳させてチェックしていたのも有名な話。
スタンリー・キューブリックは、作品の細部にもこだわり、自信がカメラマンだったこともあるのか撮影技術にもこだわった。
そのこだわりを顕著に表しているのが「2001年宇宙の旅」で、このSF映画でキューブリックらが考案した技術などは、後のSF作品に多大な影響を与えることになる。
「バリー・リンドン」でもこだわりを見せているが、なかでも当時の時代を忠実に再現するためにロウソクの明かりだけで撮影している場面がある。
撮影当時は、ロウソクの明かりだけで撮影できるカメラやフィルムはなかった。
そこでキューブリックは、当時最高のレンズを購入し、レンズにあわせてカメラも作らせ撮影の望んだ。
スタンリー・キューブリックは、映画撮影に必要な物はなければ作らせるなど徹底的にこだわり、作品の時代背景や小物、あるいは科学的な裏付けを取るなどこだわりの範囲は、映画制作全般に見られた。
キューブリックは「アイズ・ワイド・シャット」の公開を待たずしてこの世を去ったが、トム・クルーズとニコール・キッドマンを上手く演出できなかったこともあり、この作品は駄作だと語ったとされている。
| 拳闘試合の日(1951) (Day of the Fight) |
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| 空飛ぶ牧師(1951) (Flying Padre) |
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| 海の旅人たち(1952) (The Seafarers) |
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| 恐怖と欲望(1953) (Fear and Desire) |
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| 非情の罠(1955) (Killer's Kiss) |
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| 現金に体を張れ(1956) (The Killing) |
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| 突撃(1957) (Paths of Glory) |
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| スパルタカス(1960) (Spartacus) |
アカデミー賞 助演男優賞、美術監督・装置賞、撮影賞、衣装デザイン賞 |
| ロリータ(1962) (Lolita) |
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| 博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか(1964) (Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb) |
ニューヨーク映画批評家協会賞 監督賞 英国アカデミー賞 作品賞総合部門、作品賞国内部門、美術賞モノクロ部門、国連賞 |
| 2001年宇宙の旅(1968) (2001:A Space Odyssey) |
アカデミー賞 特殊視覚効果賞 ヒューゴー賞 |
| 時計じかけのオレンジ(1971) (A Clockwork Orange) |
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| バリー・リンドン(1975) (Barry Lyndon) |
アカデミー賞 撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣裳デザイン賞 |
| シャイニング(1980) (The Shining) |
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| フルメタル・ジャケット(1987) (Full Metal Jacket) |
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| アイズ・ワイド・シャット(1999) (Eyes Wide Shut) |
スタンリー・キューブリック監督の作品で「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」、「2001年宇宙の旅」、「時計じかけのオレンジ」は、外すことは出来ない。
俗にSF3部作と呼ばれるこの3作は、スタンリー・キューブリックを名監督として認められることになる作品。
「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」は、SFというよりはアナログ的な作品。
モノクロ作品で第二次大戦後の冷戦をテーマにしながらブラックなコメディーに仕上がっている。
言わずとしれた「2001年宇宙の旅」は、キューブリック監督の代表作と言っても過言ではない作品。
まだパソコンが存在していない時代、マックはもちろんウィンドウズ、UNIXさえない時代に作られたSF映画「2001年宇宙の旅」は、台詞が少なくほとんどが映像と音楽で観るものに感動を与える作品で、現代のSFと比べても見劣りしないすばらしい作品。
台詞が少ないことから難解な作品だと言われることもある「2001年宇宙の旅」は、当初オープニングで解説を入れる予定であったが、映画公開時には削除されている。
スタンリー・キューブリック監督は、この映画を観る人に、観たものを観たまま感じ取って欲しかったようだ。
「時計じかけのオレンジ」は、近未来のロンドンの設定で、少年犯罪を過激に表現した映画。
ドラッグ、暴力、レイプなど現代社会の少年犯罪等の問題を風刺したバイオレンスで、イギリスでの公開を見送るなど公開後にも物議を醸した作品。
「時計じかけのオレンジ」の内容からして現在の日本では、テレビ放映に関しては少年の模倣のおそれから難しい作品だろう。
スタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」も外すことは出来ない。
有名作家スティーブン・キング原作のホラー映画だが、スティーブン・キングは原作と解釈が違うことからこの映画を気に入っていないようである。
そのため自ら原作に忠実な「シャイニング」を制作している。
しかし、スタンリー・キューブリックの計算し尽くされ、圧倒的な映像表現にはかなわない。
主演のジャック・ニコルソンの演出はもちろん、妻役のシェリー・デュヴァルに対する演出は異常な程だったようだ。
彼女の役は、ジャック・ニコルソンに追い込まれていくのだが、その演出でリアルさを求める完璧主義のスタンリー・キューブリックは、シェリー・デュヴァルに冷たく、それでいて冷静に彼女を徹底的に追い込んでいった。
その他にも映画で初めてステディ・カムが使用され「シャイニング」で追われるシーンや追い込まれるシーンなどはリアリティがあって引き込まれてしまう。
そして戦争映画の名作「フルメタル・ジャケット」も忘れてはいけない。
よくありがちなベトナム戦争を題材にした作品だが、さすがにスタンリー・キューブリックの作品はひと味違う。
最も特徴的なのが、あまり映画で描かれることのなかった海兵隊のブートキャンプ(新兵訓練)が、リアルに再現されていることだろう。
スタンリー・キューブリックはリアリティを追求するあまり、当初は訓練教官役の演技指導できていた、元海兵隊の訓練教官で俳優でもあったリー・アーメイが、演技指導での罵声などが迫力があったことから、そのまま訓練教官役に抜擢してしまったのである。
ブートキャンプのシーンは、ランニングでのかけ声がファミコンウォーズのCM等で使われるなど印象深いシーンが多い。
同時期に公開されたオリヴァー・ストーンのベトナム戦争映画「プラトーン」がヒットし注目されたことから、当時は影が薄い作品だった。
しかし、同じ戦争映画でも全く内容が違うことから比べようがない。
特に「フルメタル・ジャケット」のベトナムでの戦闘は、当時としては珍しく市街地戦で撮られている。
「フルメタル・ジャケット」は、普通の青年達が訓練を受け戦場に派遣され、人が変わり、人格が崩壊していく過程が描かれた、当時の戦争映画としては変った作品。
スタンリー・キューブリックが書いていた「A.I.」の脚本を元に、スピルバーグが映画化したが、スタンリー・キューブリックが作った「A.I.」を観れなかったのは心残りである。



